第17話 - 「沈黙の下水処理場」
ツヨシたちは、長く暗い下水道を抜け、地上へと続く階段を上りきった。
重い鉄製の扉は、ツヨシの力を込めた腕によってゆっくりと軋みながら開き、その先には、これまでとは全く異なる光景が広がっていた。
「やっと…外に出られたか…」
ツヨシは、安堵のため息をついた。
下水道のじめじめとした空気と、鼻をつく生臭さから解放された喜びは大きかった。
しかし、その安堵は、目の前の光景を目にした瞬間、冷たい不安へと変わった。
下水処理場は、異様なほどに静まり返っていた。
巨大なタンクや、複雑に絡み合った配管が、まるで意志を持った巨大な生き物のように無機質に立ち並んでいる。
だが、その静けさは、生命力に満ちた森の静けさとは全く異質なものだった。
まるで、すべてが凍りついたような、死の世界に迷い込んだような、そんな感覚に陥る。
唯一聞こえるのは、遠くで規則正しく響く機械の動作音と、時折、どこからともなく聞こえてくる「ゴゴゴ…」という不気味な音だけ。
ツヨシは、ハンマーを握りしめ、周囲を警戒する。ティナも、不安げな表情で、ツヨシの隣に寄り添う。
シロは、鼻を鳴らしながら、周囲の匂いを嗅ぎ分けている。
3人は互いに警戒し合いながら、コンクリートで舗装された下水処理場の中へと足を踏み入れた。
地面はひび割れて荒れ果て、所々に水たまりができていた。
錆びついた鉄骨や、剥がれ落ちた塗装が、かつてこの場所が稼働していた頃の面影を偲ばせる。
だが今は、人の気配は全くなく、ただ冷たい空気が淀んでいるだけだった。
「ねぇ、ツヨシ…」
ティナは、ツヨシの腕にそっと触れながら、甘えるような声で話しかけた。
「ん?どうしたの、ティナ?」
ツヨシは、ティナの方を向いて、心配そうにつぶやいた。
「あのね…、ちょっと不安なの…」
ティナは、うつむき加減にそう言うと、ツヨシの胸に顔を埋めた。
「この先、どうなるのかしら…って。私たち、無事に街から脱出できるのかしら…?」
ティナは、顔を上げ、ツヨシの目をじっと見つめた。彼女の瞳には、不安と期待が入り混じった複雑な感情が浮かんでいた。
ツヨシは、ティナの不安そうな表情を見て、彼女の両手を包み込むように握りしめた。
「大丈夫だよ、ティナ。俺たちが一緒なら、どんな困難も乗り越えられる。必ず、この街から脱出して、安全な場所へ連れて行くから」
ツヨシは、ティナの目をまっすぐに見つめ、力強くそう言った。
ティナは、ツヨシの温かい眼差しと力強い言葉に、胸が熱くなるのを感じた。
「…うん。ツヨシと一緒なら、どこへだって行ける。どんなことだって、乗り越えられる」
ティナは、ツヨシの手に自分の手を重ね、力強く頷いた。二人の間には、静かで温かい空気が流れた。
ツヨシとティナは、互いの存在を確かめ合うように、しばらくの間、見つめ合っていた。
そして、二人は、再び前を向き、希望に満ちた表情で、暗闇の奥へと進んでいった。
ツヨシたちは、巨大なタンクの間を縫うようにして進んでいく。
タンクからは、時折、「ゴゴゴ…」という不気味な音が響き渡る。
まるで、巨大な獣が唸り声を上げているかのようだ。
ツヨシは、その音に、本能的な恐怖を覚えた。
ティナは、ツヨシの腕をぎゅっと掴み、不安そうに彼の顔を見上げる。
シロは、耳をそばだて、周囲の音に警戒を強める。
その時、ツヨシは、足元に違和感を感じた。
何か、糸のようなものが、足に絡みついている。ツヨシは、ランタンの光を足元に向ける。
「なんだ、これは…?」
ツヨシの目に飛び込んできたのは、無数の蜘蛛の糸だった。
蜘蛛の糸は、地面を覆い尽くし、壁や天井にも張り巡らされている。
まるで、この下水処理場全体が、巨大な蜘蛛の巣に包まれているかのようだ。
ツヨシは、背筋に冷たいものを感じた。
「…まずい、ティナ!ここは危険だ!」
ツヨシは、ティナの手を取り、引き戻そうとする。
しかし、すでに遅かった。蜘蛛の糸は、通ってきた道を塞いでいた。
「ツヨシ…どうすれば…?」
ティナは、恐怖で震える声で尋ねる。
ツヨシは、ハンマーを握りしめ、決意を固めた表情で答える。
「通って来た道には戻れない…進むしかない!」
(続く)