第15話 - 「生存者との別れ」

薄暗い、湿気を帯びたコンクリートの廊下は、まるで巨大な獣の腹の中のような静けさに包まれていた。
壁にはひび割れが走り、ところどころ剥がれ落ちた塗料が、過去の惨状を物語っているようだった。
足音一つ、かすかな呼吸音さえも、異様に大きく響き渡る。
ツヨシは心臓が鼓動を早め、手のひらには冷や汗が滲み出ていることに気づいた。
まるで、見えないものに追いかけられているような、息苦しい感覚に襲われた。

そのとき、かすかに「カサカサ…」と音がした。

「気のせいじゃないわよね…?」

ティナの声が、静寂を破って響いた。彼女の瞳は、不安の色だけでなく、わずかに震えていた。
まるで、これから起こる出来事を予感しているかのように。
ツヨシは再び周囲を警戒しながら、ゆっくりと息を吐き出す。
彼の握りしめたハンマーの柄は、冷たく汗ばんだ手のひらに食い込む。

「とにかく、急ごう」

そう言い残すと、ツヨシは一歩足を踏み出した。しかし、その直後、背後から
「カサカサ…」
と、何かが這い回るような音が聞こえた。
それは、まるで死んだネズミが壁を這いずっているような、不気味な音だった。
心臓が一瞬止まるような感覚に再び襲われ、ツヨシは反射的に振り向いたが、そこには何もなかった。
やがて、彼らは下水道の重く錆びついた鉄製の扉を見つけた。
その扉は、まるで彼らの希望と絶望の境目のように、大きく口を開けていた。隙間から漏れ出る生臭い悪臭が、鼻をつく。

「ここを通れば、街の外に出られるかもしれない」

ツヨシが扉を指差すと、ティナは複雑な表情で立ち止まった。
彼女の視線は、ポーチに握りしめられた鍵に釘付けになっているようだった。
その鍵は、まるで彼らの運命を握っているかのように、彼女の手に重くのしかかっていた。

「さっきの警官、置いていけないわ…」

ティナの言葉に、ツヨシは一瞬ためらった。重傷を負った警官の顔が脳裏に浮かぶ。
彼の苦しそうな表情、助けを求めるような視線。
ツヨシは、自分の決断が彼を死へと追いやるのではないかという恐怖に駆られた。

「あの重症では、長くは持たないだろう…」

ツヨシの言葉に、ティナの瞳に涙が浮かぶ。ティナは必死にツヨシの腕を掴み、震える声で訴えた。

「あの人が命がけで私たちに鍵を託してくれたのに、見捨てるなんてできない!」

その言葉は、ツヨシの心を深くえぐり出した。

「わかった。戻ろう」

ツヨシたちは、警官のいる部屋まで戻った。

警官は、部屋でぐったりしたままだった。

警官はティナの肩に手を置き、静かに語りかけた。

「君たちには未来がある。ここで足止めを食らって全滅するより、俺は君たちを見送った方がずっといい」

警官の言葉は、静かにティナの心を打った。しかし、ティナはまだ諦めきれない。

「でも…ひとりじゃ危険すぎる。どこか安全な場所を探して――」

警官は、穏やかな笑顔でティナの言葉に答えた。

「ここにいるよ。警察署は外よりは安全だし、この街に残った他の生存者がいるかもしれない」

ティナは警官に古びた水筒から出てきた水を手渡し、深々と頭を下げた。
わずかに塩味がして、どこか生臭かったが、喉の渇きを潤すには十分だった。

「本当に感謝しています。絶対に無駄にしません」

警官は、シロの頭を優しく撫でながら微笑んだ。

「お前たち、無事でな」

ツヨシたちは、後ろ髪を引かれる思いで警察署の奥へと進んでいった。
地下への入口は、薄暗い闇の中に口を開けていた。冷たい空気が、彼らの顔に吹きつけ、髪をなびかせた。

「気を引き締めていこう」

ツヨシは錆びついたハンマーの柄をぎゅっと握りしめ、ティナとシロを守るように前に立った。
ティナは最後の別れを告げるように、警官の方を振り返り、静かに祈りを捧げた。

「どうか…無事でいてください」


(続く)

< 前へ    次へ >    目次